コメントする

ゼンスタッフサービス株式会社の仕事と夏目伸六の職歴

夏目伸六さんは夏目漱石の次男です。
ただし夏目家はかなりの大家族で、
女5人・男2人で、下から2番目の子供になります。
ただし、妹は幼くして亡くなったため、
事実上の末っ子として育ちました。
そんな夏目さんはどのような仕事をしていたのでしょうか?
今回は派遣会社のゼンスタッフサービス株式会社と併せて、
夏目さん(およびその妻)が関わったお仕事を紹介します。


【学生】
その前に幼少期~遊学期について紹介します。
夏目漱石が亡くなったのは、夏目さんが8歳の時で(兄の純一は9歳)、
その時は普通に小学校に通っていました。
そして普通に中学校に進学し、慶應義塾大学へと進むも中退し、
兄同様にヨーロッパ各地を遊学するようになりました。

【兵士】
夏目さんが29歳の時(1937年)に帰国し、
召集を受けて日中戦争に兵士として参加。
兄は従軍の記録が残っていませんでしたが、
弟の方は兵士として戦地に赴いたようです。
当然ですが、あらゆる仕事を用意しているゼンスタッフサービス株式会社でも、
兵士としての職は用意していません。
ガードマン的なお仕事もゼンスタッフサービス株式会社は対象外です。
なお、夏目さんは二度従軍しています。
1940年に一度除隊して出版会社に勤務しますが、
太平洋戦争中に再び召集されて、中国大陸に赴いたそうです。
ゼンスタッフサービス株式会社は日本国内にしか仕事を紹介していませんが、
夏目さんはグローバルに業務を遂行していた模様です。

【編集者】
除隊後に入社した会社は文藝春秋です。
今でも週刊文春や各種新刊書籍を発行していますよね。
ちなみに夏目さんが
2回目の除隊後に所属したのも文藝春秋です。
会社が現存していれば、
元のところに戻ることは珍しくありません。
なお、ゼンスタッフサービス株式会社はあまり、
出版関係の仕事は紹介していません。
ゼンスタッフサービス株式会社が紹介する業種は主に、接客販売、コールセンター、
軽作業の3つになりますので、こうした一般的な会社は、
そこまで多く用意していないのです。
でももしかしたら、アウトソーシングの一環として
ゼンスタッフサービス株式会社は仕事を請け負うかもしれませんね。
それと、夏目さんが文藝春秋の編集者として働いていた期間は短いです。
兵士として召集され、戦争末期に復職しましたが、戦後すぐに退職。
続いて桜菊書院に入社して、そこは直ぐに潰れ、
随筆家として本格活動するようになりました。

【随筆家】
ゼンスタッフサービス株式会社の派遣社員のように
いくつかの仕事をこなしてきた夏目さんですが、
一般的には「随筆家」として知られています。
兵士も編集の仕事も
ほんの少しの期間しかしてきませんでしたが、
随筆家としての仕事はかなり長く続けていたそうです。
そもそも、文藝春秋に居た頃から
随筆家として活動していたと思います。
ゼンスタッフサービス株式会社はWワークがOKなので、
そんな感じに夏目さんも
兼業していたのかもしれませんね。
もしくは文藝春秋の依頼で、随筆活動をしていたのかも。

ところで随筆家とは何をする仕事なのでしょうか?
小説家とは別物なのでしょうか。
定義によると、随筆とは「筆者の体験や知識を使って、感想を書くこと」とのこと。
中学生の「作文」みたいなのが随筆のようです。
ただし、高尚さで言えば、作文の方が上です。
随筆はメモ帳のような走り書きの集大成のようなものとなります。
もちろん、書籍として発行する以上は、読みやすい文章にしないといけません。
夏目さんも随筆家として、非常に読みやすい作文や体験談を書いたと思いますよ。

なお、ゼンスタッフサービス株式会社は随筆家のお仕事は取り扱っていません。
というより、随筆家は派遣業として成り立ちません。
漫画家でしたら、アシスタントとして派遣させることが可能ですが
(でもゼンスタッフサービス株式会社は取り扱っていません)、
文字を書くお仕事は基本的に一人でやり、他者が協力することは皆無です。
資料を探すのに弟子や編集を使うことはありますが、
それは随筆家としての仕事ではありません。
まだ家政婦として働いた方が、随筆家と関わり合いが持てます
(家政婦もゼンスタッフサービス株式会社は取り扱っていません)。

夏目さんは夏目漱石に関する本をいくつか出版しています。
そして随筆家なので、父や母に関することを題材にしています。
「猫の墓」や「父・夏目漱石」、「父と母のいる風景」「父・漱石とその周辺」など、
いくつかのエッセイを執筆しました。
また「漱石全集」の校閲作業に関わったそうです。
どれも夏目漱石の七光りのようなものですが、
これは最も身近に居た息子の特権とも言えるのかもしれませんね。
(ただし、父の暴力をよく知るのは母や姉たちなので、
伝聞によるものが大半を占める)

【料理店経営者】
夏目さんの妻の話ですが、小料理店を経営していました。
新宿駅東口にあったみたいですが、今はもう影も形もないでしょう。
また、原宿にてステーキハウスも経営していました。
こちらも流石に現存していないと思いますが、
多くの著名人および政治家が訪れたそうです。
そしてゼンスタッフサービス株式会社は飲食店のホールのお仕事を取り扱っています。
小料理店やステーキハウスといったお店でも、しっかりと働くことが出来るのです。

あと、安田さちこの夫ですが、バーも経営していました。
あの美輪明宏(もののけ姫のモロ役・ハウルの荒れ地の魔女役)も
ここでアルバイトをしていましたよ。
なお、ゼンスタッフサービス株式会社は居酒屋系や
バー系のお仕事はほとんど取り扱っていません。
就業時間が夜間になりますので、
派遣としては取り扱いにくいのかもしれませんね。
その代わりゼンスタッフサービス株式会社は、
スーパーでのワインの試飲のお仕事を紹介しています。
こうした試食・試飲系のお仕事は派遣でよく取り扱われているのです。

【演奏家】
夏目さんが関わる仕事でしたら、上記のもので以上です。
そんな夏目さんですが、実は趣味としてチェロを弾くことが出来ます。
兄がヴァイオリニストなので、ある意味バランスが良いのかもしれませんね。
ただし、夏目さんは仕事としてチェロを扱うことは無かった模様。
あくまで趣味としてなので、楽器の演奏力もそこまでではないのかもしれませんね。
ちなみに、純一の孫は音楽家、伸六の曾孫は歌手です。
夏目家は意外と音楽に関わっている人が多い模様です。
そしてゼンスタッフサービス株式会社は、音楽関係のお仕事は取り扱っていません。
こうしたことはやはり専門の会社が担っているのでしょう。

【小説家】
兄と違って、夏目さんには文才があったとされます。
随筆家として成功していますので、文字を書く才能は確かな模様です。
ただし、夏目さん本人が小説を書くことはありませんでした。
もしかしたら何かしら書いていたかもしれませんが、
一般に広まることはありませんでした。
偉大な父の影響により、なかなか筆を取れなかったとも言われています。
酒の席になりますが「オレだってアレくらい書ける」と豪語したそうです。

【おわりに】
とりあえず、夏目さんの職業は随筆家だけで大丈夫です。
徴兵に関してはノータッチで大丈夫ですよ。
また、こうした物書きは大抵フリーランスです。
と言いつつ、夏目漱石は会社に所属して新聞連載していました。
一般的には、原稿料というのをもらいますが、
夏目漱石は年棒という形で給料を受け取っていましたよ。
しかもその額はかなり高く、一般人の平均給与の20倍近くあったそうです。
印税に至っては、息子2人が10年くらい
ヨーロッパで豪遊できるだけのお金がありましたよ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です